2004年 ジャパンシリーズ 仙台泉ヶ岳大会 5月16日
スポーツクラス 126名エントリー 116番スタート 25位フィニッシュ
憧れのJシリーズ。何に憧れていたんだろう。そして何を得たのだろう。
前日飛行機で仙台入り。空港で神奈川からお越しのこだまさん、福原さんと合流。北海道から来たのに「北海道苫小牧ラーメン」を食す。

空港から会場まで車で1時間半程、到着したのが午後4時。試走は5時まで。焦ってバイクを組み立て試走する。2周だけ回れた。本番は3周、しかもJシリーズのコースは長く、複雑なのでコースを覚え切れなかった。

夜は宿の近くの食堂でうどん。そして何故か下痢に見舞われながら就寝。。。


朝、雨だった。会場に着いたのがスタート1時間前。あわててフロントタイヤをファイヤーマッドプロに交換。選手召集もあるので、実際にアップできたのは15分程。

スタートは遥か後方。やる気が無くなるほどトップが遠い。目標は60位前後。

FULL-DYNAMIXリボルバー F:panaracer ファイヤーマッドプロ2.4dar(X-AIR使用) R:IRCシラクライト 2.4bar
OAKLEY ハーフジャケット ハイインテンシティブルーレンズ装着


スタートの号砲。ずっと前のほうでは激しくスタートダッシュしている選手が見える。しかし自分の前は止まっている。約5秒後、ゆっくり動き出す。
地元のレースとは違う。スポーツクラスと言えどさすがJシリーズ。とにかく前へ行かせてくれない。ラインを完全に塞がれてる。しかし前に出ないと勝負にならないので接触、罵声を受けながらもアウターで一気にゲレンデを駆け上る。
シングルトラックの入り口では例に漏れず順番待ちの列。構わず担いで突っ走る。後ろのほうで「ちゃんと並べよ!」と聞こえたが、レースでは順番もあったもんじゃない。おとなしく並んで勝てるレースなら出る価値がない。

そんなペースで1周目を終える頃には渋滞はなくなっていた。28位!と観客からコールがある。

2周目、さらにペースアップ。エンジン全開、後先考えずに前を追いかける。得意の登りでどんどん抜く、20位!15位!12位!トップ見えるぞ!と観客の声援がどんどん僕を興奮させていた。・・・行ける!
(実はこの周回、区間2位のラップタイムを出してました。)

3周目になって脚が回らなくなってきたが、まさに別人が乗り移ったような精神状態で踏みまくる。最初のゲレンデの登りで11位に。さらに前に3名ほど見える。目標は9位以内!と気合を入れる。

しかし残り3kmの看板を過ぎたあたりから、体に異変が現れる。目がチカチカする。頭がボーッとして今自分が何をしているのか解らなくなってる。ここはどこだろう・・・?なにしてんだろう?手足が痺れる。力が入らない。でも息は整っている。おぼろげな記憶だと心拍数は160前後。苦しいけど楽。

「24位だよ!!あとちょっと!」

ギャラリーの声援で目が覚める。今、自分はレースをしていて、10人以上に抜き返された。あと1kmも無い。スパートだ。でも力が入らない。前の周回でアウターで踏み切った所をインナーでヨロヨロ走っている。でもあとちょっとの辛抱。でも力が入らない-

ゴール20m手前でものすごい勢いで1人に抜かされる。彼の必死な顔は今も覚えている。それに比べて自分の弱弱しいこと。


そのまま何もアクションを出せずにフィニッシュを迎えた。息はちっとも上がっていない。でも体に力が入らない。バイクから降りたら、そのまま重力に服従する形でうつ伏せに倒れこむ。


声を上げて泣いている自分に気がつくのに時間はかからなかった。
おい、何こんな所で泣いてんだよ- 自分で突っ込みを入れるが全く無意味。出来ることは歯を食いしばって声を抑えることだけ。それでも泣き声は濡れた芝生に吸い込まれて有り余っていた。

とりあえずコース下に降りていったら、スポーツ女子で2位になったナオさんに会う。結果を伝えようとするとまたしょっぱい物がこみ上げてきて、説明にならなかった。そんな僕をナオさんは優しく励ましてくれた。

ナオさんの表彰は見よう、と待っていたら、スポーツ男子の表彰も始まる。震えてきた。結局ナオさんの表彰は見るに耐えなかった。



レース後涙を流すには生まれて初めてだった。100人近く抜いたとは言え、自分の展開がまずかった。それを悔やんで流れた涙だったのか、憧れだったJシリーズで走りきった感動だったのか、自分には解らない。

でも思い出に残る大切な一戦だったのは間違いない。
牛ジャージ、力尽きる。